さまざまのこと思い出す桜かな
あの公園には早咲きの桜の木があったなぁと思い立ち、ぬくぬくと暖かな陽に空の青。嬉しそうに見あげる母との小さな春のお花見、小さな幸せの昨日でした。
85歳を限りに、父が免許証を返納することになり(いや…もう遅いくらい!)車を譲り受ける手続き、書類等の諸々を済ませ、母の病院に付き添っての帰り道のこと。その一画だけ桜色に春が溢れ、薄い花びらに空の青が透けて、ふと、あと何度母とお花見できるだろうか…と。幸せと悲しみを含む何かを桜という花は持っている気がします。
子どもの頃のその公園には夾竹桃がわさわさとして薄暗く、池に佇む不思議なオブジェに引き寄せられ、どことなく後ろめたさ漂う雰囲気は、思春期にさしかかる私たちの心を惹きつける怪しい公園だったのですが、いまや春は千葉の花ストック、夏は大賀ハス、空が高いわー!…やたらにオープンな広場になっていて、その健全さにホッとするやら、がっかりするやら…で、その一画に植えられていた河津桜が満開。
この公園近辺は、昭和30年代潮干狩りの修学旅行地として有名な出洲海岸を埋め立てた跡地らしいのですね。
小学5年の新設校で担任となった先生と千葉みなと駅のもうすこし先、千葉ポートタワーのあたりで授業を中止して潮干狩りに来たことがありました。不思議な面立ちのユニークな先生で、好き嫌いのはっきりした人でしたが、私は心の底の温かいものを感じて好きだったのです。
ある図画工作の時間、木材を彫って何かを造るという授業。私は上手く彫刻刀が使えず途方に暮れていて、とにかく目的もないまま掘り、あっ!っと気が付いた時には左の中指に彫刻刀を滑らせてしまって血がぷくぷくとみるみるうちに盛り上がって、そのまま病院に行ったこと思い出します。どこの病院へ行ったのかも思い出せないけれど(汐見ヶ丘病院と推察)皮がめくれてしまっていてもそのままで大丈夫ということになって、家まで送ってくれたこと。階段を昇りながら「なんだか抜けそうな音がするなぁ」なんて珍しくのんびりとしたことを言いながら母に詫びた姿。実家のマンションの階段を昇る時につど思い出す懐かしい声です。先生は私たちの卒業式に出席することなく、中学一年の時に癌で亡くなり、別れを言葉にして言えなかった自分を未だ許せないのですが、私自身が癌になった時、辛さを知る先生がどこかで私を見守ってくれているのだと思えた時があって、死という別れがあっても心のどこかで繋がっている人との関係がなくなることではない。そして桜を見上げてる時、亡くなった人の笑顔と記憶を運んでくれる気がするのです。
Remind me of various things Cherry blossoms 松尾芭蕉