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2020-07-31

鳴虫山の涙

山の神が中禅寺湖をめぐる領地争いが伝説となる戦場ヶ原はワタスゲの季節、風にフワフワと揺れる優しい絨毯の湿地になる。

祖母の家から続く杉林は、小さな山へと続いています。晴れていても突然に霧が、雲が、幾重にも覆って白く霞み、ひそやかにひと粒、屋根に落ちる雨の粒、さまざまな雨音が和音となってトタン屋根での演奏会になります。

私は祖父の書斎で雨の匂いと雫をうっとり眺めながら、いつしか眠ってしまって、ヒグラシの鳴き声が輪唱に変わる頃、夕暮れをむかえるのを知るのでした。

山に落ちていく夕陽とヒグラシの鳴き声を背に、おぅおぅとゆっくり手を振って帰ってくる祖父を弟と私はうちわを振って迎えに出る。くしゃくしゃと私と弟の頭を撫でながら「こわかないか?(疲れてないか…栃木訛り)」仁丹と龍角散の匂いのする優しい祖父でした。

祖母宅泊は2週間。
側を流れる川の朽ちて落ちそうな木橋の脇に立つ大きな牡丹杏(ボタンキョ…スモモの起源)の実を祖母と洗濯の竿を担いで揺らしてはカゴいっぱいとってきたりしたもの。もちろん祖母から危ないと言われたことがない…だって本人が相当な野生児だから。

ヒグラシの合奏舞台杉林から続く山を「鳴虫山」という名前があったことをひょんなことから知り母にきく。「そうそう、春は山菜、タケノコに山椒…おばあちゃんはひとりで楽しげに採りに行ってたわ」…あたりまえでしょ、みたいで驚くわ!

「鳴虫山」は不思議な山である。

「この山に雲がかかると雨になる」といわれ、標高1,104m。古代より補陀落山として信仰されていた男体山を正面に木の根が張り、勾配のきつい低山は修行をする僧に好まれ、今は日帰りトレッキングとして賑やかという。

男体山は補陀落山(ふだらくせん)として古代より信仰を集めた。「補陀落」とは、観音さまのお浄土へ行くとことがお坊さんの願いであった頃、死を覚悟して…もしくは観音さまの浄土へ行くことこそが憧れであったという信仰の霊地のこと。補陀落…二荒(ふたら)…二荒(にこう)…「日光」となった地名の由来。
三回忌を過ぎた友を偲ぶ、義母も母も人生の幕引きは、そう遠くない。いつか必ず別れはあるでしょう。哀しみもそれぞれに違うのでしょう。大好きで大切な人と会えなくなってしまうことは、とても…とても寂しいこと。時折思い出される小さな記憶の断片にこっそり泣くことが増えてしまって、あれれ、泣き虫になってしまった。

鳴虫山は、こっそり泣いている人の涙を吸い上げて、また今日も静かに雨を降らせているのでしょう。悲しいのではなくて、たまらなく懐かしくなって落とすあたたかい涙にもきっと。

戦場ヶ原 ワタスゲは雨でふわふわ見られず…母がまだ元気で。トレッキング 6.12.2014
着付け練習中…タイマーとあわない間抜けな自撮り。この夏、出かける予定はありません。
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